「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。」
という衝撃的な一文から始まる本書、『推し、燃ゆ』。
第164回芥川賞を受賞し、2021年本屋大賞にもノミネートされている大人気作品ですが、3日前に初めて存在を知ってあっという間に読み終えてしまいました。
色々な人を「推してきた」と思っている自分だからこそ、改めて「推す」ということがどういうことなのか考えさせられた作品なので、そんな自分の気持ちをまとめておきたいと思います。
あらすじ
推しが炎上した。
ままならない人生を引きずり、祈るように推しを推す。
そんなある日、推しがファンを殴った。
引用元:「BOOK」データベース
推しが炎上しても当然のように推し続け、最終的にどのような結論にたどり着くのかが大きな見どころとなっています。
『推し、燃ゆ』を読んだきっかけ
推しが紹介していた
配信の25分頃。
今の自分の推しである猫又おかゆさんが、最近読んだ本として紹介していました。
推しが紹介しているものに触れるのって、本当に推し活動って感じがしますよね。
読書、特に小説を読むのはもはや10年以上ぶりのような気がして、そこそこ腰が重くてもおかしくないはずなのに、即日購入して読んでしまうぐらいには推しの力というのは偉大です。
特に猫又おかゆさんは、"人に何かを紹介するのが上手いと言われており"、最近でも『鬼滅の刃』や『ゴールデンカムイ』を他のホロライブメンバーやファンに布教しています。
"人に何かを紹介するのが上手いと言われており"という言い方をしたのは、もはや客観的に上手いか下手かを判断できる位置に自分がいないから。
「推す」って何だろうと最近悩んでいた
「推す」と「信仰」の違いって何だろうと、ここ最近心の中で悩んでいました。
仲の良い人やフォロワーには伝わっているかもしれないですが、最近の人生は猫又おかゆさんづくし。
「カラスは白い」と言われれば、カラスは白だと認識を変えられるレベルで自分の中での存在が大きくなっています。
正直、ここまで一人の人を想ったことが人生で無かったので、毎日を楽しく感じている一方、この絶対的な気持ちにぼんやりとした不安を感じていました。
もしかしたらそんな不安を取り払ってくれるかもしれないと思ったのも、この本を迷わず手に取った一つの要因です。
ネタバレにならないポイント感想
発達障害の描写が非常に現実的
作中で症名の言及はされていませんが、推し活動をしている主人公の女性は発達障害。
何をやっても人より上手く行かず、周りからもはや期待されることも無い。
学校でもバイト先でも、強い劣等感を感じています。
その一方で、推しのラジオを文字起こしし、自分なりの解釈をブログに綴ってファンの中でも名の知れた人に。
いわゆるTO(トップオタ)として、ネット上では現実の自分より非常に高く評価されています。
得意なことは人より優れているのに、当たり前のことが出来ない。
自分自身に思い当たる節があるのはもちろん、自分の周りにも似たような人が非常に多く、共感を超えて自分たちの界隈を見られているかのような気持ちになりました。
まるで自分を客観的に見ているかのような描写が、こんなトップクラスの小説で味わえるとは…。
炎上の手の打ちようのなさがリアル過ぎてトラウマ級
主人公の推しアイドルが、ファンの女の子を殴りニュースになってしまう。
炎上させたがっている人が、過去の小さい出来事を掘り出してきて燃料を投下する。
別に詳しくもない一般人が、何も知らないまま情報を鵜呑みにしてアイドルを批判する。
メディアは「ファン激怒!」というような煽り文句まで付けてくる。
本当のファンは激怒なんてしていないし、かといって憶測だけでは何もすることはできない。
ただただ、炎上が止むのを待つしかない。
炎上が止めば、興味のない一般人もメディアもすぐに忘れてしまう。
そこには傷付いたアイドルとファンだけが残る。
幸いにも自分の推しが炎上したことはありませんが、そのすぐ近くの人が炎上したことはここ最近でも数回ありました。
触れないことが推しのためだと自分はわかっていても、別に推しに興味のない人は自分の正義を振りかざしてしまうし、熱狂的なファンは大暴れしてしまう。
本当にどうしようもないやるせない気持ちになりますよね。
本書ではそんな炎上の行程、行き場のないモヤモヤが、情景描写や心理描写でとても緻密に描かれています。
推しが炎上したことのある人はもちろん、誰かを推したことがない人の心にも強いインパクトを与えるであろう表現は、流石芥川賞受賞作品だなと思わずにはいられません。
『推し、燃ゆ』を読んで思ったこと
「推す」って何だろう
まず最初に思ったのは、自分が「推し活動」と考えて行っていた行動は、「推す」と呼ぶにはあまりに浅いんじゃないかということ。
先に言っておくと、「推す」という言葉がどこまでの行為を指すかは自分の考えの一つでしかないですし、「推す」状態にならないとファンを名乗ってはいけないということは全くないと思っています。
この行動例を見てあなたはどう感じるでしょうか。
「推し活動」として十分すぎると捉える人もいれば、そんなんで「推し活動」を名乗っていいわけないじゃんと思う人もいるかもしれません。
良くも悪くも自分の周りには濃いめなオタクが多く、
ことあるごとに手紙を執筆したり、
集めて何の意味があるのかわからない推し情報を集め続けていたり、
こまめに推しにSNSでリプライを送ったりする人たちがたくさんいます。
正直、この人たちの愛が異常なだけで、まあ自分もそこそこ好きだし「推し」ていると言える範疇だろうと思っていました。
ですが、この本を読んだり、配信というプラットフォームで"推しのことが本当に大好きで、生きる理由だと思っている人"をたくさん見ているうちに、自分はまだまだ「推す」ということがどういうことなのか理解できてなかったなと感じてきました。
そうなりたいとか、そうなりたくないではなく、「推す」と「信仰」の違いって何だろうと悩む域には達していないなということで、自分の中では一つ腑に落ちた感があります。
本作では主人公にとって推しは背骨であると書かれています。
自分自身の中心であり、なくてはならないもの。
おそらく自分はそこまで他人に依存することはできませんが、自分の周りのオタク達を見る目が良い意味で変わったような気がします。
推しがいなくなったらどうするんだろう
推しはいなくなります、確実に。
推しが炎上したことはありませんが、
これぐらいの経験はあります。
ただ、前述したとおり今までの自分の行動は「推す」と呼ぶには浅いかなと思っていますし、今の推しのことをもっともっと好きになることだって考えられる。
本当に大好きで、生きる理由で、自分の背骨とも言える推しがいなくなったらどうなるんでしょう。
推しに迷惑をかけないのであれば、正直何をしたって構わないような気もする。
推しがいなくなって、自分の命を絶つのも結構美しいような気がしますよね。
でも今、推しがいなくなったとしてもおそらくその決断はできないでしょう。
今後もっともっと推しのことを好きになったら、自分の考えがどんなふうに変わっていくのか、少し楽しみに思っています。
本書でも、推しが炎上した主人公が最終的に何を選ぶのかがしっかりと描かれます。
彼女が出した結論をどう捉えるかは、それぞれの読者次第。
納得できるかどうか、どう感じるかは置いておいて、かなり印象的な終わり方を迎えるので、ぜひそこはご自身で購入して読んでいただければと思います。
余談
頭の中で色々考えましたが、おそらくここに書かないと誰にも言うことなく消えて行ってしまう記憶なのでとりあえず書いておきます。
入ってくるニュースの偏りを強く感じた話
文学賞の中でもトップクラスに有名な芥川賞。
過去の10回の受賞作品はこのようなラインナップになっています。
第154回(2015年下半期)- 滝口悠生「死んでいない者」、本谷有希子「異類婚姻譚」
第155回(2016年上半期)- 村田沙耶香「コンビニ人間」
第156回(2016年下半期)- 山下澄人「しんせかい」
第157回(2017年上半期)- 沼田真佑「影裏」
第158回(2017年下半期)- 石井遊佳「百年泥」、若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」
第159回(2018年上半期)- 高橋弘希「送り火」
第160回(2018年下半期)- 上田岳弘「ニムロッド」、町屋良平「1R1分34秒」
第161回(2019年上半期)- 今村夏子「むらさきのスカートの女」
第162回(2019年下半期)- 古川真人「背高泡立草」
2020年代
第163回(2020年上半期)- 高山羽根子「首里の馬」、遠野遥「破局」
第164回(2020年下半期)- 宇佐見りん「推し、燃ゆ」
引用元:芥川龍之介賞-Wikipedia
恥ずかしながら、一作品も知りませんでした。
普通の人はみんな知っているもんなんですかね…?
いくら自分が本を読まなくなったとはいえ、ネットニュースでもSNSでも全く聞いた覚えがありません。
こんな素晴らしい作品があるのに、タイトルさえ知らないなんて非常にもったいない。
自分が得ている情報が非常に偏っていることを改めて自覚し、素晴らしいコンテンツに触れるためにもうちょっと視野を広げようと思いました。
おすすめの本とかあれば教えてください。
生まれて初めて自分より年下の人の作品を読んだ
本作の著者、宇佐見りんさんは21歳。
最年少で三島由紀夫賞を受賞している、とんでもない才能の持ち主です。
自分が本を読んでいた学生時代は、恩田陸さんや伊坂幸太郎さん、宮部みゆきさんなど遥か年上の人ばかり。
年下の人の作品を読むことがあるなんて夢にも思っていませんでした。
ほとんど本を読んでいないので表現方法について詳しく語ることはできませんが、主人公の気持ちを間接的に表す情景描写や、まるで本当にそこにいるかのように感じられる風景描写も素晴らしいものでした。
結構驚いたのが、インスタライブという概念。
本作でちょこちょこ出てくるのですが、そもそも小説にインスタライブが出てくることに驚きでしたし、普段から使い慣れている感が文章からにじみ出ていました。
おじさんである自分は、インスタライブを見たこと自体が数回しかないし、操作方法もよくわからない。
とてもじゃないですが、身近に感じられるSNSではありません。
他にも21歳という年齢だからこその表現がそこかしこに。
世代が違うからこそ、生活も感性も全く異なり、普段自分が感じない新しい風をいっぱい浴びたような気がします。
自分より若い人の活字に触れる機会、絶対あった方がいいですよ。
まとめ
・発達障害の描写に親近感を強く感じた
・炎上のやるせなさが辛い
・「推す」ということを改めて考えさせられる
・推しや彼女、妻がいなくなった時、あなたはどうする?
・ぜひ買って読んで結末を見届けて欲しい
おわりに
本の感想というよりも自分語りが多くなってしまった気がしますが、文章にしたことで非常にさっぱりした気持ちです。
この本に出会わせてくれたこと、推しである猫又おかゆさんには感謝しかありません。
この記事を読んで、本に興味が湧いた方はぜひ読んで感想を語り合いましょう。
既に読んでいるという人もコメントしてくれると嬉しいです。
身内の知り合いなら、この本お渡しするので読んでください。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
また次の記事で!